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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8752号 判決

原告 東光石油株式会社

右代表者代表取締役 上条優雄

右訴訟代理人弁護士 木村浜雄

同 小柳晃

右木村訴訟復代理人弁護士 塩味滋子

同 谷川光一

被告 江東運送株式会社

右代表者代表取締役 町田恒信

右訴訟代理人弁護士 伊藤清

同 伊藤憲彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五三七、二〇〇円およびこれに対する昭和四九年一〇月二六日から支払ずみまで年六分の割合にる金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は貨物の運送等を目的とする株式会社であるところ、訴外有限会社中村商会(以下訴外中村商会という)に対し、昭和四八年一一月中に同訴外会社からクレーン車およびクレーン付貨物自動車を借受けた借賃として金五三七、二〇〇円の債務を負っていた。

2  原告は、右訴外中村商会に対する千葉簡易裁判所昭和四九年(ロ)第二二号支払命令申立事件の仮執行宣言付支払命令にもとづき、訴外中村商会の被告に対する右債権について債権差押および転付命令(千葉地方裁判所(ル)第一三四号、(ヲ)第一五三号)を得、その決定正本は昭和四九年三月一五日被告に送達された。

よって原告は被告に対し、右被転付債権金五三七、二〇〇円と、これに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月二六日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1(一)  訴外中村商会は昭和四八年一一月二九日、訴外産機工業株式会社(以下訴外産機工業と言う)を代理人と定め、訴外中村商会の被告に対する原告主張の債権(以下本件債権という)の取立を委任した。

(二) 訴外産機工業は昭和四八年一二月二九日更に訴外有限会社高石運輸(以下訴外高石運輸と言う)を復代理人と定め本件債権の取立を委任した。

(三) 被告は右同日訴外高石運輸に対し、本件債権に対する弁済として金五三七、二〇〇円を支払った。

2(一)イ 訴外産機工業は、右のように訴外高石運輸を復代理人として選任するについて、訴外中村商会の明示の許諾は得ていなかった。しかし、訴外中村商会が訴外産機工業に本件債権取立を委任したのは、当時倒産に瀕していた訴外中村商会が、訴外産機工業から買受けたクレーン付トラックの買掛残代金六六四、〇四七円の支払を遅滞していたので、被告からの本件債権の取立金をもってその支払に充当するとの約定によってこれをなしたものであった。

ロ このような場合代理行為たる債権取立は、債権が譲渡された場合と同様に、受任者自身の債権の回収を目的としているので、その行為の性質上委任者にとっては、それが受任者自身によって処理されなければならない必要も利益もないので、このような場合には、復任について黙示の許諾があるものと解されるべきである。

(二) 仮にそうでないとしても、右復任行為時に訴外中村商会の代表者中村廣は倒産のため夜逃げして所在不明だったので、許諾を得ずに復任したのは民法一〇四条に所謂已むことを得ざる事由があったというべきである。

(三) 仮に右(一)(二)が認められないとしても

(1) 民法一〇四条は本人の利益のため、代理事項処理の方法について本人の意思を推測して設けられた補充規定と解されるべきであるから、本人である訴外中村商会自身が復代理行為の効力を争い、被告の弁済の無効を主張してはいない本件において、第三者に過ぎない原告はその無効を主張し得ないというべきである。

(2) また、もし仮に訴外高石運輸が訴外中村商会の復代理人としての弁済受領の権限を有しなかったとすれば、民法四七九条により、これに対する弁済は債権者である訴外中村商会がこれによって利益を受けた限度で効力を有するところ、前記のとおり訴外中村商会と訴外産機工業は、被告からの取立金をもって、訴外中村商会の訴外産機工業に対する前記債務の弁済に充当する旨を約したのであるから、被告の訴外高石運輸に対する弁済により、訴外中村商会の訴外産機工業に対する右債務は消滅し、このことによって訴外中村商会は利益を受け、その限度で被告の弁済は有効であるから、結局右弁済により被告の訴外中村商会に対する本件債務は全部消滅した。

(3) 仮にそうでないとしても、訴外高石運輸は同訴外人に対する訴外産機工業作成の、並びに訴外産機工業に対する訴外中村商会作成の、各取立委任状を呈示して被告に支払を求め、それに対して被告は訴外高石運輸が弁済受領権者であると信じて前記支払を為したものであるから債権の準占有者に対する弁済として効力を有する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、1の事実はいずれも否認する。2の(一)の事実中、訴外中村商会が倒産に瀕していたことは認め、その余は争う、仮りに被告主張の事実が認められるとしても訴外中村商会は本件債権取立について復代理人選任を許諾しておらず、被告が訴外高石運輸に弁済したとしても原告に対抗できないというべきである。2の(二)の事実中、中村廣の行方不明の点は認めるが、民法一〇四条の「已むことを得ざる事由」とは、代理人が自ら代理行為をなし得ず、かつ本人の許諾を得られないことについて、やむことを得ない故障がある場合をいうのであるが、訴外産機工業は自ら代理行為をなすにつき何らの支障がなかった。2の(三)の(1)の主張は争う。無効を主張するにつき利益を有する以上、第三者もこれを主張し得ると解すべきである。仮にしからずとするも、原告は債権者代位権に基づき、訴外中村商会に代位して、無効を主張する。2の(三)の(2)および(3)の事実はいずれも争う。

五  再抗弁(債権の準占有者に対する弁済の抗弁について)

仮に抗弁1並びに2の(三)の(3)の事実が認められるとしても、被告は弁済にあたり復代理の許諾の点について何らの確認をしなかった点において過失があるから弁済は無効というべきである。

六  再抗弁に対する認否

争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実については当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、抗弁1の(一)ないし(三)および同2の(一)のイの各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  右認定の事実によれば、訴外中村商会の訴外産機工業に対する本件債権の取立委任は、実質的に受任者である訴外産機工業自身の債権回収を目的としたものであって、その行為の性質上委任者にとって、受任者自らによって処理されなければならない必要がないので、このような場合には復代理人の選任につき黙示の許諾があったものと解するのが相当である。したがって、被告の訴外高石運輸に対する弁済により本件債権は消滅したというべきである。

四  よって、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

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